
インタビュー:
お茶の水女子大学理学部生物学科
毛内 拡(もうない ひろむ) 先生
脳内の「良い環境」を整える
インタビュアー:毛内先生の「読書する脳」(SB新書)がAmazonでベストセラーになるなど大変な注目を集めています。まず、先生が提唱されている「脳の環境を整える」という点について伺いたいのですが、そもそも脳にとって「良い環境」というのは、どういう状態を指すのでしょうか。

インタビュアー:毛内先生の「読書する脳」(SB新書)がAmazonでベストセラーになるなど大変な注目を集めています。まず、先生が提唱されている「脳の環境を整える」という点について伺いたいのですが、そもそも脳にとって「良い環境」というのは、どういう状態を指すのでしょうか。

毛内先生:そうですね。僕が専門にしているのはアストロサイトという細胞です。脳の中には神経細胞という主役がいるのですが、その周りにはそれ以上にたくさんのアストロサイトという細胞がいる。これまではただの詰め物だと思われていたのですが、最近の研究で、このアストロサイトが神経細胞の働く環境を常に一定に保っていることが分かってきました。
例えば、神経が活動するとゴミが出るのですが、それをアストロサイトが掃除してくれたり、栄養を届けたりしている。だから、アストロサイトが元気に働いて、神経細胞が常にフレッシュな状態で働ける環境、これが僕の言う「良い環境」です。
インタビュアー:脳の研究というと神経細胞やニューロンに関することが多い印象を持っていました。
毛内先生:はい。実は脳の半分ぐらいはサポート役であるアストロサイトという細胞が占めています。
インタビュアー:半分もですか。
毛内先生:そうです。繰り返しになりますが、そのアストロサイトが、神経細胞が活動したときに出るゴミを掃除したり、あるいは栄養を届けたり、情報のやり取りをちょっと調整したりしています。ですから、アストロサイトがちゃんと働いている状態が、脳にとって良い環境だと考えています。
インタビュアー:なるほど。そのゴミっていうのは、よく言われるアミロイドベータとか、そういうものでしょうか。
毛内先生:そうですね、それもそうですし、もっと日常的な、神経が活動したときに出るカリウムイオンとか、そういった微細な環境の変化。これをアストロサイトが常に一定に保とうとしています。これがうまくいかなくなると、脳が疲れを感じたり、頭が働かなくなったりします。ですので、脳の掃除というのは、すごく大事なキーワードです。
インタビュアー:脳の掃除。最近、睡眠の話とかでもよく聞きますね。寝ている間に脳が洗われるというイメージでしょうか。
毛内先生:まさにそれです。寝ている間にアストロサイトが少し縮んで、脳の隙間が広がって、そこを脳脊髄液がダーッと流れて掃除する。これが最近の研究で分かってきました。ですから、睡眠が大事というのは、物理的に脳を掃除する時間だからなのです。
インタビュアー:なるほど。物理的に掃除しているのですね。そうなると、やっぱり現代人はその掃除の時間が足りてないというか、環境が悪化しやすい状況にあるのでしょうか。
毛内先生:そう思います。情報過多で常に脳が動いているし、睡眠時間も削られている。そうなると、脳の中にゴミが溜まって、神経細胞がうまく働けなくなります。それが脳疲労の一つの正体なんじゃないかと考えています。

スマホの悪影響
インタビュアー:先生のご著書にもありましたけど、脳疲労は、スマホによる影響もあるのでしょうか。
毛内先生:大きいですね。皆さまがご存知のように、スマホというのは、常に新しい情報、刺激的な情報が入ってきます。脳の報酬系というところが常に刺激されています。そうすると、脳が休まる暇がない。疲れているのに、またスマホを見ちゃう。これは、脳にとってはすごく過酷な環境です。
インタビュアー:うわぁ、身に覚えがあります…
毛内先生:みんなそうなんですよね。特にショート動画はドーパミンが出るような設計になっているので、子どもの意思では歯止めがきかないのです。意識的に脳を休ませる環境を作ってあげないといけない。僕が「脳の環境を整える」と言っているのは、そういう意味もあります。
インタビュアー:なるほど。先生、そのアストロサイトについて、もう少し詳しくお聞きしたいのですが、これはトレーニングというか、何か自分で働きを良くすることはできるのでしょうか。
毛内先生:まさに、今一番興味があるところです。実は、アストロサイトというのは、血流をコントロールしたりしているのですが、例えば運動をしたり、あるいはちょっとした刺激、それこそ僕が研究している微弱な電気刺激でもアストロサイトの働きが変わるっていうデータが出てきています。
インタビュアー:へえー!
毛内先生:ですから、薬とかに頼らなくても、生活習慣とか、あるいは新しいテクノロジーを使ってアストロサイトを元気にできる可能性があるのではないか。それができれば、うつ病とか、あるいは認知症の予防とか、そういったことにもつながるのではないかと期待しています。
インタビュアー:すごいですね。その微弱な電気刺激っていうのは、一般の人でも受けられるようになるものでしょうか。
毛内先生:将来的にはそうしたいですね。今はまだ研究段階ですが、安全性も高く副作用もほとんどないので、これを例えばヘッドセットみたいな形で、お家でリラックスしながら使えるようになれば、脳のリカバリーがすごくスムーズになるはずです。ただ、日本では、どうしても怪しいとか怖いっていうイメージが先行しがちですので、そこを、僕みたいな研究者が、科学的なエビデンスをちゃんと示しながら普及させていくことが、すごく大事だと思っています。
「読書する脳」を育む
インタビュアー:ここからは読書との向き合い方についてお伺いします。先生のご著書『読書する脳』に詳細は書かれていますが、あらためて、読書における基本的なスタンスについてお願いします。
毛内先生:まず、心の赴くまま好きに読むのが良いと思います。そもそも、推薦図書、課題図書だからといった義務感で読むものではないですよね。話の続きを自分で想像してみるなど、自由に発想を広げることができるのはとても楽しいことだと思います。映画も同様に、読書は「代理体験」ができます。つまり、自分の価値観とは異なる多様な価値観に触れることができ、ひいては人の心への推論につながる活動だと思います。
インタビュアー:読書を学習に結び付けるとすれば、どのような読み方が効果的でしょうか。
毛内先生:まず、音読しながら読むこと、そして本を読む前、または本を読みながら「問いを立てること」「疑問を持ちながら読むこと」ですね。
インタビュアー:「疑問を持つ」というのは難しそうですね。
毛内先生:有名な読書法の一つに「SQ3R法」というのがあります。これは、Survey(概観)、Question(質問)、Read(読む)、Recite(再現)、Review(復習)の頭文字から取った言葉です。中でもQ(質問)がとても大切です。「問いを立てる」には多様な経験が必要ですので、親子で会話をしながら読むと良いでしょう。
インタビュアー:「読み聞かせ」をする時はとても良いタイミングですね。
毛内先生:まさにその通りです。話の続きを一緒に考えたり、「なんでだろうね?」と会話するなど、大人が子どもをリードすることが学習につながる優れた読書習慣になります。読解力という点では、まず文章を正しく読み、著者の意図していることを読み取れないと問題は解けません。相手の心を推論するなど、読書を通しての学びは社会性を育むことにもつながります。
インタビュアー:少しカタい質問ですが、読書にはワーキングメモリも関わっているのでしょうか。
毛内先生:はい。推論のためにはワーキングメモリが必要です。読書や音楽が楽しいのは、ワーキングメモリのおかげです。三段論法ができるのもワーキングメモリが重要な役割を担っています。但し、ワーキングメモリのお話をする前に、体験や知識などのデータベースが必要です。失敗を繰り返しながらデータベースを更新して、推論につなげていくということになります。
インタビュアー:コミュニケーションも同じですね。
毛内先生:そうです。相手の心を推論することは社会性もつながります。その点でワーキングメモリは重要な役割を果たしています。周囲の大人が手取り足取りして先回りして教えてしまうとビックリ度がなくなってしまいます。それでは学習になりません。
インタビュアー:ありがとうございます。最後になりますが、Active!をご覧いただいている方へメッセージをお願いします。
毛内先生:僕は、子どもを子ども扱いしないようにしています。親も子どもから学ぶことが大いにあるという考え方です。様々な切り口の記事があるようなので、子どもが好きな記事を説明させたりして、学びの場に変えていただければよいと思いますよ。
僕の専門分野からお話しますと、脳は何歳になっても変わることができます。環境さえ整えてあげれば、もっとポテンシャルを引き出せる。それを多くの人に知ってもらいたいですね。
インタビュアー:ありがとうございます。今日は、本当に貴重なお話をありがとうございました。
毛内先生:こちらこそ、ありがとうございました。
