「先生の言うことをよく聞く、手がかからない良い子です。」

学校の面談で先生からこのように言われて安心した経験のある保護者の方は多いのではないでしょうか。忘れ物をせず、授業態度も良く、言われたことはきちんとやる。テストの点数も平均以上。一見すると、まったく問題のない理想的な子どもです。

ところが近年、この「良い子」ほど、社会に出てから苦しむケースが増えているという声が企業や大学の現場から聞こえてきます。

小学校から高校までの学校教育の現場では、「指示を守る」「空気を読む」「正解を早く出す」力が評価されやすい傾向にあります。授業は時間割どおりに進み、課題には正解があり、先生の意図を汲み取れる子ほど「できる子」として高く評価されます。

しかし、大学や社会に出た途端に状況は一変します。

「何をすればいいか、自分で考えてほしい」「やり方は任せるので、課題に取り組んでほしい」「失敗しても良いので、改善してほしい」と言われることが日常的な社会生活において、「とりあえず指示を待ってしまう」「間違えない方法を探し続けて動けない」という若者が少なくありません。

仕事は時間通りに進まない、課題に正解はない、会社や上司の意図をくみ取ることが難しい、と先程記した学校での例と真逆のことばかりです。若者は決して能力が低いわけではありません。これまで「正しく育ってきた」結果として「動けない」自分に対して、その理由がわからずもどかしさやストレスを感じているのです。

この背景には「教育の構造」が考えられます。学校では、限られた時間と人数の中で授業を進める必要があります。そのため「自分で考えたことを自由に話す」よりも、「決められたやり方で進める」方が先生にとって管理しやすいのが現実です。

また、保護者側も無意識のうちに、「先生の言うことを聞きなさい」「余計なことをしなくていい」「失敗しないように」と声をかけてしまいがちです。

これらが積み重なることで、子どもは次第に「自分で考えるより、正解を教えてもらう方が安全だ」「動く前に、許可や指示を待つ方が評価される」と考えてしまいます。その結果、生まれるのが「指示待ち」です。

近年、学校教育現場においては「主体性」「協働する力」「自ら考える力」といったキーワードが使われており、理想的な取り組みが始まっていますが、ここにも落とし穴があります。

「主体的にやりなさい」と言われても、これまで主体性を発揮しなくても評価されてきた子どもにとって、それは突然ハシゴを外されるようなものです。また、「指示待ち」で育った先生方の中には「主体性を育む教育」に懐疑的な方も一定数いるようです。

実際には、「どう考えればいいのか分からない」「間違えたら怒られるのではないか」「そもそも何を基準にすればいいのか分からない」といった不安を抱えながら、立ち尽くしている子どもがいます。

誤解してほしくないのは「良い子であること」自体が悪いわけではないという点です。問題なのは「良い子でいることだけが評価される環境」であり、「自分で考える練習をする機会が極端に少ないこと」です。必要なのは、「言われたことをきちんとやる力」に加えて「自分なりの仮説を立てる」「正解がなくても考え続ける」「失敗を前提に動いてみる」といった経験を、小さなことから積み重ねることです。

そこで、家庭で今日からできることをご紹介します。
それは「正解を教える前に、考えを聞く」というシンプルな働きかけです。

子どもが何か迷っているときに「こうしなさい」と言う代わりに「あなたはどう思う?」「なぜそう考えたの?」という一言で十分ですので、問いかけてみてください。それだけで、子どもは「自分の考えを持っていいんだ」「考えること自体に価値があるんだ」と気づき始めます。

子どもが「自分の考え」を口にする時間を少しでも取っていただき、「主体性の芽」を育んでいただきたいと思います。

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