はじめに

今回のインタビューでは、小学校国語科の学習指導要領の編集に関わられた水戸部先生に、子どもたちが主体的に学ぶことの大切さについて伺いました。幼児期から小学校にかけての「学び方」や「しつけ」に関する研究成果を踏まえながら、子どもの学びの本質について幅広くお話をしていただきました。教育現場や家庭での接し方、教材の使い方、さらに学習指導要領の意図を活かした指導法など、実践的な視点も提供していただきました。子どもの成長を願う保護者や先生方にとって、示唆に富む内容となっています。

インタビューにご協力いただいた先生

水戸部 修治 先生


京都女子大学
発達教育学部 国語科教育学 教授

小学校教諭、県教育長指導主事、山形大学地域教育文化学部准教授等を経て、文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官、国立教育政策研究所教育課程研究センター総括研究官・教育課程調査官・学力調査官を歴任。
平成29年4月より現職。

インタビュアー:こどもが小学校に入ってから勉強で困らないように、幼稚園の時期に先取り学習をどんどん進められている方が多いようですが、水戸部先生はどのようにお考えでしょうか。

水戸部先生ここに興味深い論文があります。元お茶の水女子大学で副学長をされていた内田伸子先生が「早期教育の光と影」と題したシンポジウムでの提案内容を基に書かれたものです。語彙調査を幼児向けに行ったところ、語彙得点は保育形態の違いによって差が有意となったというものです。

インタビュアー:「保育の形態の違いで有意となる」とはどういうことですか?

水戸部先生この論文によれば、小学校の教育を先取りしたカリキュラムを導入して文字や計算を教えている一斉保育の保育園や幼稚園に比べて、子どもの自発的な遊びを大事にしている子ども中心の保育の保育園や幼稚園の子どもの語彙得点は高いという結果が出たのです。しかも3歳より4歳、さらに5歳へと加齢に応じて得点の差が開いています。

内田伸子先生が実際に調べてみたら、語彙については、保育園と幼稚園といった所属する園で差があるわけではなくて、その保育の形態によって優位差が出てきたということなのです。

インタビュアー:それは面白いですね。全く意識したことがありませんでした。文字や計算を先取りして教えている保育園や幼稚園の方が学力が高く、語彙得点が高いイメージがありますが、それは違うのですね。

水戸部先生はい、そうなのです。子どもの自発的な遊びを大事にしている「子ども中心の保育」の保育園や幼稚園の子どもの語彙得点が高いのです。あくまでもこの研究結果から言えることという前提ですが、何かのワークシートを書かせるといったタイプの教育と比べて実はそうではない方が結果的に伸びが大きいという結果になっています。

インタビュアー:「子ども中心」というと「しつけ」はどうするのか?といった声が聞こえてきそうですが、どのようにお考えでしょうか?

水戸部先生はい。論文には、保護者が「あの子は何もわからないから親が全部しっかり教えないとダメだ」と「強制型しつけ」をしたり、「自己犠牲型しつけ」をしたりするのは、あまり子どもの力を伸ばさないということも書かれています。

結局のところ、保育園や幼稚園の子どもは、文字や計算を先生から教えられるから言葉や数を学んでいくわけではなくて、自発的な遊びを通して、特に言葉を身につけているのです。

インタビュアー:「自発的な遊びを通して身につける」というところをもう少し詳しく教えてください。

水戸部先生3歳より4歳、さらに5歳へと加齢に応じて得点の差が開いていくという結果を踏まえると、これは遊びの質集団遊びの機会が増えていくことと関連がありそうです。

例えば同じ砂場で遊ぶにしても、3歳児はただ砂を触って感覚を楽しんでいるだけだったのが、4歳児、5歳児になってくると、自分で砂をいっぱい集めて、そこにトンネルを掘ってみよう、さらに5歳児になると一人では無理だからみんなで協力してトンネルを作ろうと、遊びの質の高まりに伴って言葉の力もついていくと考えられます。

インタビュアー:確かに、この場面では大人が教えるということはしていないですね。子どもが必然的に言葉を使いこなす機会が増えていくということですね。

水戸部先生その通りです。先ほどのデータと合わせて考えた時に、子どもたちの語彙が伸びる、語彙が豊かになるというのは、先生が細かく丁寧に逐一教えるからではなくて、子どもたちのこうした体験を通して「本物の言葉」として身につくということが非常に重要な要素になるのです。

子どもたちを椅子に座らせ、机に向かわせてプリントの問題を解かせるだけでは、どれだけ子どもたちの力をつけてあげられるのだろうかというと非常に懐疑的だと思われます。

インタビュアー:では、大人はどのように接するとよいのでしょうか?

水戸部先生子どもたちが何らかの必然性を持って課題に向かったり、協働的に学んだりするという要素をそのプリントを解くという行為に組み込んでいくということが想定されます。もちろんプリントの中身にもよりますが、同じプリントを解くにしても、ただ「次の文章をよく読んで後の問いに答えましょう」というように解かせるのと「いろんな文章や図鑑を読んで、興味を持って読んだことを誰かに伝えよう」という文脈を置いて解く場合とでは、やはり子どもたちの目的意識が随分違ってきます。

インタビュアー:なるほど!「自分が興味を持ったところ」というところがポイントですね。最大限に主体性が発揮されますね。さらに「誰かに伝える」ことで協働的な学びにもつながる伝え方になるのですね!

本インタビューの続きは後日公開予定です。ぜひ引き続きお読みください。

インタビューにご協力いただいた

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京都女子大学は、京都東山の地に創立された、110年以上の歴史と伝統を持つ女子大学です。仏教精神を礎とした「品格と知性を兼ね備えた女性の育成」を理念に掲げ、女性の自立と社会貢献を目指した教育を展開しています。文学部、教育学部、発達教育学部、現代社会学部、家政学部など幅広い学部を備え、女性が社会で活躍するために必要な専門性と実践力を養っています。少人数制の丁寧な教育を特色とし、学生一人ひとりにきめ細かな指導を行っているほか、京都という立地を生かした伝統文化や地域社会との交流も重視しています。