
第8回 漢字の日記とひらがなの日記

古典原文
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。
―「土佐日記」(紀貫之)
現代語訳(小学生向け)
男の人もつけているという日記というものを、女の私もつけてみようと思って書くのである
子ども向けの解説
みなさんは日記をつけていますか。毎日の中で心に残った出来事や、忘れないでいたいことを書いておくのが日記ですね。
日記は昔からありましたが、昔は男の人と女の人では日記の書き方がちがっていました。男の人は主に仕事の記録として日記をつけていました。一方、女の人は、日々身の回りに起こった出来事をつづっていました。こちらの方が、今わたしたちが書く日記に近いですね。
また、日記に使う文字も男女でちがっていました。このころ、中国から伝わってきた漢字から、ひらがな・カタカナが作られました。もともとの漢字は仕事で使う文字として主に男の人によって使われ、一方、ひらがなやカタカナは主に女の人が日記などを書くときに使っていました。
この文は「土佐日記」という日記の最初の文です。作者は紀貫之、男性です。貫之は、仕事先の土佐(今の高知県)から京へ帰るときの出来事を日記の形で記しました。旅の途中で起こったさまざまな出来事や人々との出会い、心の動きなどを、ひらがな・カタカナを使って感情豊かにえがいています。漢字ではなく、ひらがなの方が気持ちをこまかく表すことができると考えたのかもしれません。それまで日記は女性が書くものとされていたところを、あえて女性のふりをして、かなで書いたのです。
あなたも日記を書いてみませんか。漢字には「日記」「表現」など、たくさんの熟語がありますね。一度、熟語をたくさん使って日記を書いてみてはどうでしょうか。そして、今度は熟語をなるべく使わないで書いた日記と比べてみてください。文章の雰囲気が、がらりと変わったように感じられるはずです。

親世代・祖父母世代向けの解説

『土佐日記』は、平安中期に紀貫之が記した、最古の日記文学のひとつといわれる作品です。任地・土佐の国から京の都に帰り着くまでの記録を、自らを女性に見立て、和歌も交えてかなでつづっています。貫之は任地の土佐で子どもを亡くしており、帰京までのさまざまな出来事に加えて、子を失った悲しみも、無骨な漢字ではなくかな文字でこまやかに書きとめようとしたのかもしれません。また、貫之は三十六歌仙の一人であり、『古今和歌集』の選者としても知られます。その豊かな言葉への感受性が、漢字ではなくかな文字を選ばせたとも考えられます。

もうすぐ冬休みです。最近は日記の宿題も減ってきているといわれますが、一度、親子で今日あった出来事について日記を交換してみてはいかがでしょうか。
おとなと子どもでは、同じ出来事でも見ているところや感じ方が変わります。また、日記の文体や、使われている熟語の多さ・少なさによっても文章の印象は大きく変わります。
親子で日記を書き合い、内容や書き方を比べてみると、新しい発見があって楽しいですよ。
記事作成者

長尾 一毅 (ながお かずき)
15年以上にわたり小・中・高校生の国語指導を担当。読解力こそ全教科の基盤と考え、集団授業から個別家庭教師まで多様な教え方を実践し、生徒の理解度に応じた指導を行う。脳科学の知見を交えた問いかけと対話を重ねることで、「自分で考え抜き、答えを導き出す」習慣を育む指導に定評がある。
