
病床から世界へ チャンスをつかめるかは自分次第
私の当時の平凡な日常は、底辺から始まりました。高校を半年で辞めて、暴走族まがいのことをしていました。人に迷惑しかかけてないような人生を送り、さらに事故を起こしてしまいます。このバイク事故で首の骨が折れて、2年間入院しました。
もともとやりたいこともなかったですし、人生を諦めていた私が、手も足もさらに動かなくなっちゃったのですから、人生の希望なんて持ちようがありませんでした。
そんな中で、希望の光を差してくれたのが、お医者さんでもリハビリの先生でも看護師さんでもなく、同じ障害当事者の「おじちゃん」でした。

静岡の病院で同じ病室になった、当時、私の父親と同じぐらいの年齢の車椅子の「おじちゃん」。私よりも体が動かない方でした。
そんなおじちゃんに開口一番、こんなこと言われました。
「お前、甘ったれてるな。なんでそんなに体が動くのに甘ったれてんだよ」
かなりの衝撃を受けました。
茨城の病院や埼玉の病院では、他の患者さんの中で、私の体が一番動きませんでした。しかし、この静岡の施設に移ると、私の体は他の患者さんより動く方だったのです。
「大丈夫、大丈夫、私たちがやるから全部大丈夫だよ。」とサポートしてくださる環境の中にいると、それが当たり前になり、何でもかんでも周囲の方に頼りきっていました。
しかし、静岡の施設では、私の体は他の方よりも動く方なのに
「お前、なんでこんなのお願いしてるの。甘ったれてんだよ。」
と言われて、ドキッとしたのです。
そして同時に、「できるんだ、できることあるんだ」という気づきを得ることができたのです。
「おじちゃん」は私と同じ部屋で、かつ毎日毎日説教してくれて、この言葉を最後に残します。
「三代、お前、チャンスは足元にいくらでも落ちてるんだぞ。それを掴めるかどうかはお前次第なんだぞ。」

この言葉は、最初は「当たり前の言葉」のように聞こえてあまり響かなかったのですが、後にジワリジワリと響くようになってきました。
三代 達也
(みよ たつや)/ Tatsuya Miyo
車椅子トラベラー
18歳の頃バイク事故で首の骨を折り頸髄を損傷、 両手両足に麻痺が残り車椅子生活に。
沢山の人に海外の魅力を届けるべく、 車椅子単独世界一周を決意。 約9ヶ月間23カ国42都市以上を回り、 世界一周達成。
2026年2月より世界二周目に挑戦。

三代達也 公式WEBサイト Wheelchair Traveler Miyo
著書:No Rain,No Rainbow 一度死んだ僕の、車いす世界一周(光文社)

