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山あいの町リヴは、朝から鐘が三度鳴ると、みんなが一斉に走りだす町だった。

「早く、たくさん、休まずに。」それが良い働き方と信じられていた。

パン屋のソラは夜明け前から生地をこね、鍛冶屋のゲンは火を絶やさず、縫い子のミナは針を休めない。

仕事は山のように進むのに、笑顔は少しずつ減っていた。

ある雨の夕方、町の広場で小さなぼやけた灯りが揺れた。

「指が痛い」「眠れてない」「でも休むと怒られる」——誰かのつぶやきが、風に混じって聞こえた。

その声に気づいたのは、見習い時計師の少年リオ。

彼は自分の工房でも、遅くまで針を合わせ続けているうちに、好きだったはずの時計がただの数字に見えはじめていることに気づいていた。

翌朝、リオは町に提案した。「仕事を“ととのえる”会議をしませんか。」

ソラは一週間のうち一日は「仕込み研究日」を作ることにした。新しい配合を試し、余ったパンは学校へ。

ゲンは火のそばに冷水と休憩の合図を置き、若い見習いには安全手順から教えることにした。

ミナは注文を見直し、急ぎの山を分け合える「助けあい表」を作った。

報酬は仕事の量だけでなく、工夫や安全、教えあう時間も評価に入れる。

誰も置き去りにしない、と町の掲示板に大きく書かれた。

一か月が過ぎるころ、町の時計は同じ時刻を示していても、時間の流れが変わって見えた。

ソラのパンは日持ちがよく、遠くの村からも買いに来る人が増えた。

ゲンの道具は長持ちし、修理依頼が減ったぶん新しい注文に挑戦できた。

ミナの服はほつれにくく、「直すより長く着られる」ことで評判になった。

リオは工房の窓を開け、昼には光の下で針を合わせ、夕方には師匠と学び直しの時間を作った。

働くほど、心と町に余白が生まれ、余白がまた次の工夫を呼んだ。

人は守られ、技は磨かれ、稼ぎは安定し、町は静かに、しかし確かに成長していった。

最後に、リオは広場の時計に小さな刻印を入れた。

——「急がず、止まらず、支えあう。」

それはリヴの新しい合図になった。働きがいは、誰かを犠牲にしてつくらない。

幸せな仕事が育つとき、町もまた、静かな力で前へ進む。